コラム

ゾイドについて思ったことを不定期で書き散らしています。
あくまでも個人的な意見なので、かなり好き勝手なことを書いています(^^;


未来開発部:01/11/15
無動力ゾイドは実験だったか?:01/09/23
ゾイドのこれからを考える:01/09/08
スピノサパーとザバットに思う:01/02/22
カスタマイズパーツ考:00/11/03
レブラプターのデザインについて:00/10/20
公式サイトの意味:00/10/09
ゾイドを解釈すること:00/10/07


「未来開発部」

このコラムを読んでくださっている皆様は、TOMYに「未来開発部」なる部署が存在することをご存知でしょうか? 熱心なゾイドファンなら、きっと知っておられると思うのですが、中には私のようにうっかりしていて「何それ?」と頭の中でクエスチョンマークを点滅させておられる方もいらっしゃるかもしれません。

「未来開発部」は今年の4月に設置された部署で、「2-3年先の商品の基盤となる独自技術の開発を目指している」部署だそうです。つまり、今ある技術で製品を開発するのではなく、既存技術にとらわれることなく商品企画の幅を広げ、必要に応じて新技術を開発してしまうという野心的な部署…ということだと思われます。

なぜ、このコラムでTOMYの未来開発部を取り上げるのかというと、実は未来開発部がゾイドの開発に乗り出すことを、つい最近知ったからなんですね。つーか、知ったのが遅いんですけど、私は(^^; ことの詳細は、Yoshiさんのホームページ「アポの世界」の ZOIDS>考える事>TOMYからの取材 を参照していただきたいと思います。

そこには、TOMYの未来開発部スタッフに取材を受けたYoshiさんの記事があり、特に旧シリーズからのファンにとって、非常に希望が持てる話題が載っています。今までのゾイドの展開に一抹の不安を覚えていた方(>それはお前だろというツッコミは勘弁してください)も、TOMYは決してゾイドのことを軽んじていたりしなかったんだ、と安心してゾイドを楽しんでいくことができると思われます。

「小型ゾイド友の会」は、TOMYの未来開発部を応援しています。

晴嵐改:2001/11/15


「無動力ゾイドは実験だったか?」

先月のディロフォース&グランチャーの発売をもって、一連の無動力小型ゾイドが出揃いました。ゾイドを特徴付けるパワーユニット搭載による歩行(走行)というギミックを排したアイテム群の登場を危惧する声も少なくなかったですが、実際に発売されたものを手にとってみると、言うほど悪くもなく、そして良くもないというのが正直な感想です。いい意味でも悪い意味でも、そつなくまとまっているという印象です。

これらの4体の無動力ゾイドは、ゼンマイを搭載しないことが大きなアイデンティティです。これにより、デザイン上の制約がひとつ減ったことになり、より自由なデザイン――つまり、よりモチーフに近いデザイン――が可能になったということが言えます。また、手足がパワーユニットと関連しないため、より多くの可動箇所を仕込むことができ、高いプレイバリューの獲得にもつながります。

そうしたメリットは、ゼンマイによる歩行ギミックにとらわれていた小型ゾイドの可能性――特にデザイン面での可能性を解放するという意味で、歩かないことを補ってあまりある魅力となりうる。少なくとも、トミーはそのように判断したのでしょう。また、パーツ点数も少なく、値段を安く抑えられるため、より低年齢層のゾイド入門用キットとしての意味合いもあったのかもしれません。ゼンマイがない分、組みやすいのは確かですから。

しかし、見方を変えると今回の無動力ゾイドは興味深い実験だったのではないかとも思えるのです。

 マッカーチス>ザリガニ型>甲殻類/水棲動物
 ディマンティス>カマキリ型>昆虫
 ディロフォース>ディロフォサウルス型>恐竜
 グランチャー>ハリモグラ型>哺乳類

4体のゾイドのモチーフとなる動物は全て異なる分野から選ばれています。さほど驚くに値しないことかもしれませんが、何らかの意図をもってこのようなラインナップになっていると考えるのが自然です。もっとも、単にネタがかぶらないように気を配っただけということもあるでしょう。無論、その理由が一番なのでしょうが、それだけではないのでは?とも思います。

この無動力ゾイド群が低年齢層を狙ったアイテムだと仮定し、そのモチーフが見事に異なっているという事実を考え合わせると、これは一種の市場調査を兼ねているのではないかと推測できるのです。つまり、どういったモチーフが子供たちにウケるのかという調査です。無動力ゾイドを買うのは子供だけではないので、ちょっと無理がありますが、そうでなくても小型ゾイドの購買層の全体的な嗜好やニーズを分析するには恰好の材料だと言えます。また、返送されるアンケートはがきの分析からも色々なことがわかるでしょう。その結果が次の新作ゾイドや再販ゾイドの選定に反映されるというのは、決して非現実的な話ではないように思えます。


勿論、上記の推測はあくまでも私の個人的な見解に過ぎず、何の裏づけもありません。ですが、もしこの推測が事実だったとしたら、ゾイドの今後にもう少し期待をかけることができるとは思っていますが…。

晴嵐改:2001/09/23


「ゾイドのこれからを考える」

コミックス版「機獣新世紀ゾイド」の連載打ち切りが決定しました。9月15日発売の10月号でコロコロコミック誌上における連載は終了し、書き下ろしによる単行本6巻の発売を持って物語にピリオドが打たれる予定となっています。この話は、10月末に発売が予定されている新型B/Oゾイド「ケーニッヒウルフ」が、「コロコロ新マンガの主人公が操るゾイド」とアナウンスされていたことから、おそらく勘付いておられた方も少なからずいたことだろうと思います。

このたびの打ち切り理由は人気低迷という、ありがちなものではないことを明記しておかねばなりません。決して「機獣新世紀ゾイド」の人気は打ち切られなければならないほど落ちてはいませんでした。今回の決定は、あくまでもコロコロコミック編集部とトミー側の都合です(この辺の詳しい経緯は作者である上山道郎先生のHP上で公開されていたのですが、あまりに反響が大きかったためか、はたまた本当のことを書きすぎたためか、現在は多数の書き込みがあった掲示板もろとも公開が停止されている状態です)。

簡単に言ってしまえば、「ベイブレード」の影響で増大したコロコロコミックの新読者たち(すなわち、小学校低学年を中心とする低年齢層)に対してゾイドをアピールするには現行の長期連載では役不足だから、今ある連載を打ち切って新連載を始めたいという政治的な判断によるものなのです。要するに、新しい「子供向け」のゾイド漫画で低年齢層の気を引こうという、見え見えでベタベタの展開です。先述の「ケーニッヒウルフ」のことを考えると、相当早い時期から上山先生の降板が決定していたと考えるべきでしょう。

……でも、上山先生の「ゾイド」を上回るくらい面白い漫画が、そんなに易々と出てくるんですかね?

ともあれ、今回の打ち切り劇によって、ゾイド復活と平行する形で続いてきたメディアミックス展開がひとつの大きな節目を迎えたことは論を待ちません。1999年の復活以来、ゾイドは玩具としての商品展開を核としつつ、TVアニメ、コミックス、ゲーム、トレカといったメディアミックスによって、一般への浸透を図ってきました。単にプラモを発売するだけでは、現在のようなゾイドに対する高い認知度を得ることはできなかったはずです。しかし、放送枠の確保等の問題からゾイドのTVアニメが打ち切りになり、アニメを中心として発生したゾイド人気の行方が各方面から懸念されていました。

その中で、それなりの人気を保っていた漫画版「機獣新世紀ゾイド」を打ち切って新しいゾイド漫画を開始するということは、トミーがゾイド人気の先行きに相当の危機感を抱いているということの現われでしょう。実際、ゾイドのアニメが打ち切りになり、ゾイド人気を下支えする手段が漫画しかなくなってしまったことが、上山ゾイド降板>新漫画連載の直接的原因とも言えるわけですが、一ファンとしてはそこまでアニメや漫画に頼り切った玩具シリーズとしてのゾイド(を展開するトミーの企業姿勢)に一抹の不安を感じずにはいられません。

ちなみに、検索エンジン「Google」で「ゾイド」をキーワードに検索してみると、約40700件のサイトがヒットします(2001年9月8日現在)。それに対し、「ベイブレード」をキーワードにして検索すると、ヒットするサイト数は約20900件。乱暴な概算ではありますが、ゾイドのファンサイトの数はベイブレードのファンサイトのおよそ2倍に達すると考えてよいでしょう。このことは、ゾイドの活況の証であると同時に、ゾイドを楽しんでいる人間に「ホームページを作成できるくらいの年齢」の人間が多い――つまり、それなりに年のいったファンが多いということの裏返しでもあると思うのです(ベイブレードもそういう部分がありますけど)。

今のゾイド人気を支えているのが、小中学生のみならず、高校生や大学生、社会人といった比較的高い年齢層であることは事実です。かくいう私も既に学校を卒業した身ですしね。つまり、旧シリーズが展開されていたときに小中学生であった層が、そのまま現行のシリーズを支えるファンとしてシフトしているということなのです。それに小中学生が加わって、現在のゾイドファンが形成されています。そこにトミーはベイブレードに夢中になるような、小学校低学年を中心とした年齢層をも取り込みたい考えのようです。あるいは、400円の無動力ゾイドたちも、そうした文脈の中で生まれてきた製品なのかもしれません。ゾイドの売れ行きを伸ばすためには、現在のファンにもっとゾイドを買わせるか、新しいファン層を開拓するかしかないわけですから。その点でトミーの方針そのものは決して間違っておらず、企業として当然の選択だと言えるでしょう。

しかし、正直に言って、私は低年齢層に対してゾイドをアピールすることは難しいと思っています。ゾイドの面白さは何といっても組み立てて遊ぶことであり、そのためには工具を扱う力――といっても、せいぜいニッパー程度ですが――が必要となりますが、小学生に入ったばかりの子供にそれを要求するのは少し酷ではないかとも思います。

そして、その年代の子供たちであれば、親の影響というものも無視できません。子供たち自身の嗜好もさることながら、親の意志が玩具選びに反映されると考えるのが自然です。現在、7歳の子供の親というのは、30歳代前半と考えるのが一般的でしょうが、その世代はゾイド旧シリーズが展開されていた80年代後半には既に大学生くらいであったということになります。当時のゾイドがどれくらいの年齢層に受け入れられていたのか知りませんが、少年時代というにはあまりにも歳を取りすぎており、子供に対して自然に買い与える玩具としてゾイドが選ばれるケースは意外と少ないのではないでしょうか?

ここは、むしろ現状の購買層をうまくフォローして、さらなる購買意欲を引き出すような戦略を採用したほうが効果的な気がします。旧シリーズの人気アイテムを復活させ、魅力溢れる新製品を開発し、継続的に市場に投入していく。そんな中長期的な視点に立ち、シリーズとしてゾイドを育てていくという態勢が必要です。

そして、今の小中学生が大人になって子供を持ったときに、自分の子供にゾイドを買ってやるという循環が発生することが望ましいことだと思います。そうした循環はゾイドの市場を拡大することに繋がるでしょうし、また多くのファンが望んでいることだとも思うのです。また、丁寧な商品開発によって確固たる評価が得られれば、自然と新しいファン層の拡大に結びつくはずです。

何よりも避けるべき下策は、漫画や雑誌広告で盛んに宣伝しておきながら、いざ玩具屋へ足を運ぶと欲しいアイテムが置いていないという状況を作り出してしまうことです。そんなことが続けば、子供も親も購買意欲を失うでしょう。はっきり言って、ゾイド以外にも魅力的な玩具は山ほどあるのですから。

どんなにゾイドファンが熱心であり、忠実であったとしても、送り手であるトミーがその期待に応えられなければ、ゾイドは消滅します。トミーにはそのことを充分認識しておいてもらいたいです。小さい子供たちをファン層に取り込むために、ゾイドそのもののクオリティまで低下するなどということはあってはならないことです。が、今回の「機獣新世紀ゾイド」の打ち切りという一件は、そうした事態が起こりかねないことを示唆しているように思えてならないのです。

ゾイドが持つミリタリックな設定やSFテイストに満ちた世界観という基本属性が、そもそも「小学校低学年を中心とした低年齢層」の一般的な嗜好とは全く別なところにあることは自明と思われますが、肝心のトミー自体がそのことを自覚しているのか非常に疑問です。ゾイドの商品展開についても漫画同様の低いレベルに落とさねば、漫画の効果は充分に生きてきませんが、それを実行すれば既存のファンは失望するでしょう。漫画と玩具は別物だから整合性など必要ないと言い張るなら、アニメや漫画人気に頼っている現状と明らかに矛盾しますし、どちらのファンをも馬鹿にしています。こうしたゾイドを巡る二律背反――あちらを立てれば、こちらが立たない――に対して、トミーは如何なるビジョンで臨むつもりなのか? あるいは、そうした事実にハナから目が向いていないのか?

敢えて書きますが、ゾイド旧シリーズが終わらねばならなかった最大の原因はトミーにありました。それは紛れもない事実です(もしも、そうでないというのなら、誰が「ゾイド」を世に送り出したというのか!)。そのことをトミーが忘れたとき――ゾイドに二度目の終焉が訪れるのは間違いありません。そうならない(させない)ためにも、私たちファンは「ゾイドのこれから」について常に注目し続けていかなくてはならないでしょう。

晴嵐改:2001/09/08


「スピノサパーとザバットに思う」

3月下旬に発売が予定されている新ゾイド「スピノサパー」と「ザバット」。
この二つは、サイズ的には従来の小型ゾイドの範疇に属するものの、800円と1000円という価格設定のため、何かと議論の種になっています。まだ、発売されていない製品に対してあれこれ書くというのはフェアではない気もしますが、あえて「スピノサパー」と「ザバット」について私なりに思うことを書いてみようと思います。

大事なのは、この両者をゾイド新シリーズが辿った一連の経過の中で捉える必要があるということです。そこで、まず新作小型ゾイドの「レブラプター」と「ガンスナイパー」について考えてみます。

この両者の意義は、「形状の追求」ではなかったかと思われます。尻尾をピンと伸ばした完全二足歩行、着脱式のゼンマイ竜頭など、デザイン面で再販ものとの差別化を図り、そこに価値を見出していたのです。「リアル指向」、「美観の向上」ということが、ひとつのウリでもありました。

そして、今度発売される「スピノサパー」と「ザバット」は、「ジェノザウラー」をはじめとする新作ゾイドが当初から取り組んでいた「高いプレイバリューの獲得」という命題に真正面から挑んだアイテムだと思われます。

「スピノサパー」の可動式背面装備や、「ザバット」の自走式爆弾、ディスプレイスタンドというギミックは、旧シリーズから続くゾイドのジレンマに対するトミーの現時点での回答だと考えられます。ここでいう「ジレンマ」とは、「パワーユニットを内蔵し、自走する動物型組立式玩具」というゾイドの属性と、組み立てた後でいかにして遊ぶかという玩具としての基本的な要素がなかなか相容れないということです。

そのひとつの解決策が、いわゆる「改造ゾイド」という方向性であることは今更疑う余地もありません。ですが、ゾイドを購入する全てのユーザーがそのような選択肢を選ぶというのも、また現実的とは言えません。あくまでも、ゾイドは「模型」というよりは「おもちゃ」と呼ぶべき製品群であり、ストレートに組んだ状態でどれだけ遊べるかということが、ゾイドの存在価値に関わってきます。

思えば、旧ゾイドの後期にもトミーはプレイバリューの追求を行っていました。TFゾイドなどは、その象徴とも言えるでしょう。しかし、結果的には、その試みは裏目に出てしまいました。今回は、それとは違ったアプローチ――ゼンマイゾイドにも範囲を広げているという点が既に旧シリーズとは異なっている――を取ってきています。つまり、モーターのパワーに頼った連動ギミックを主体としてはいないのです。そのことは、「エレファンダー」や「ライガーゼロ」を見れば、たちまち理解されることでしょう。それは、ゾイド旧シリーズの轍を踏まない、というトミーの決意の現れと見ることもできます。

「歩く」「走る」というゾイドの基礎ともいうべき要素の優先順位を下げてでも、手にとって遊べるということを追求しようというトミーの姿勢には、賛否両論あることでしょう。しかしながら、「ゾイド」が長期に渡って展開されうるメジャーなシリーズとなるためには、避けて通れないプロセスです。旧来の枠にこだわるだけでは発展はありえません。

特に、相対的にサイズが小さく、容積にも余裕のない小型ゾイドは、モーター駆動方式の大型、中型ゾイドと同じアプローチを取っていては、いずれジリ貧に陥ることが目に見えています。何かを犠牲にしてでも新しい要素を取り込むべきなのは、むしろ小型ゾイドなのです。

だから、何だかんだ言っても、私は「スピノサパー」と「ザバット」には期待しています。今から、実際に製品を手に取るのが楽しみです。

晴嵐改:2001/02/22


「カスタマイズパーツ考」

現在、ゾイドそのものだけでなく、改造用のカスタマイズパーツが発売されていることは、このサイトを訪れている方にとっては周知の事実かと思います。このカスタマイズパーツを買ってみて思ったことは、「もっと何とかならなかったのか?」ということでした。もっとも、最初からあまり期待はしていませんでしたが、本当に「飾り」としての役割以外はないのだなぁと痛感しました。

今回、私が入手したのは「CP05:大口径ビームキャノンセット」でした。デザイン的には悪くないのですが、ただ単に大砲を追加するだけというのは寂しいものがあります。しかも、カノントータスに取り付けると、砲を全く可動させることができません。結局、取り外して、ノーマル状態に戻してしまいました。トミーとしては、カスタマイズパーツの発売によって、ゾイドの遊び方を拡げようといった意図があるのかもしれません。カスタマイズパーツをきっかけとして、より深くゾイドを楽しんでもらおうというスタンスなのでしょう。

しかし、こういう単純なパーツが普及すると、逆にゾイドの可能性を狭めてしまうという懸念もあります。とにかく砲をつければ強くなる、というような観念を与えかねないという側面を持っているのではないだろうか。武器セットを追加しただけで、改造したような気になってしまわないだろうか。そんな危惧を抱いてしまいました。

どのようなスケジュールで、どのような製品が発売されるのか。今後のカスタマイズパーツの行方は、ゾイドの行く末を占う上で非常に重要な要素だと、私は思います。

何はともあれ、小型ゾイドにゴテゴテした武装は似合わない(私の好みに合わない)のだ、と再認識させられた出来事でした。

晴嵐改:2000/11/03


「レブラプターのデザインについて」

ゾイド新シリーズの小型ゾイドの中で異彩を放っているのが、新作アイテムの「レブラプター」と「ガンスナイパー」ではないでしょうか。着脱式のゼンマイ竜頭や完全二足歩行(尻尾の支えを必要としない)といったことも注目すべき点ではありますが、私が気になるのは両者が極めて対照的なデザインコンセプトを背負っているということです。

近接格闘戦に特化した「レブラプター」。
多彩な武装を持ち、汎用性に優れた「ガンスナイパー」。

これらのゾイドは、火力増強と機動性向上という、ゾイドの進化における大きな二つの方向性を象徴するアイテムだと言えます。大型ゾイドの「ブレードライガー」と「ジェノザウラー」の関係においても同じことが言えるでしょう。このことから、今後のゾイドシリーズがどのように展開していくかということを占うこともできるのではないでしょうか。

現在は「ガンスナイパー」の方が好意的に受け止められていて、「レブラプター」の斬新さは敬遠されているような気がしますが、これが事実であるとするならば、ゾイドは一種の「大艦巨砲主義」的な方向へ向かって流れてゆくように思われます。そのことの善し悪しを論じるつもりはありませんが、旧シリーズの末期を振り返るならば、あまり好ましいこととは言えないでしょう。

ゾイドの多様化を望むという、私の個人的な立場に立ってみたとき、異端とも言えるレブラプターのデザインは、むしろ今後のゾイドに希望をもたらすものではないかと思えるのです。

晴嵐改:2000/10/20


「公式サイトの意味」

ゾイドはトミーの製品です。ゆえに、最新の情報はトミーのホームページに行けば入手できる。そう思いがちです。ところが、実際にトミーのホームページに行き、ゾイドの公式ウェブサイトを見てみると、おそらく多くの人がその期待を裏切られるのではないかと思います。

発売済みの製品すら載っていない「ゾイド新製品情報」や、更新されていない「ゾイドのストーリー」には、呆れてしまいます。唯一、「改造作品紹介」のコーナーだけが盛況ですが、公式サイトとして当然もっているべき、これまでに発売されてきた製品紹介や最新情報というものが提供されていないという事実には、首を傾げるしかありません。

一方、TVアニメーションを放映している毎日放送内のゾイドホームページを見てみると、そのコンテンツの充実ぶりに驚かされます。各話のストーリー紹介、スタッフインタビュー、番組に登場したゾイドをまとめた「ゾイド大図鑑」。オフィシャルならではの強みを活かした内容には、満足できるものがあります。

この、トミーとMBSのギャップは一体何なのでしょうか?

トミーとしては、ゾイドには多くのファンサイトが存在するのだから、製品紹介などはそっちに任せておけばいい、という考えなのでしょうか? あるいは、商用サイトでフォローされているから必要ないとか? まさか、そんなことはないと思いますが、そういった疑念すら浮かんでくる状況だといえます。

公式サイトを構える以上は、製品としての「ゾイド」の情報は公式サイトが完全にサポートするべきです。そして、作り出された製品をどのように楽しんでいくか、という点をユーザーサイドに委ねていくべきなのではないでしょうか。

そういった問題をはらみつつも、トミーは「コンテスト」ではなく「紹介」という形で、改造ゾイドをフォローしています。これは、いい傾向だと思います。この方向性を踏まえつつ、トミーのゾイド公式ウェブサイトが充実していくことを望みます。

晴嵐改:2000/10/09

【追記】
今の公式サイトは、かなり内容的に充実しております。本コラムの内容は、あくまでも2000年10月時点の状況であるとご理解下さいませ。


「ゾイドを解釈すること」

旧ゼネバス帝国の小型ゾイドは、一部の例外を除き、共通のコクピットブロックが使われています。これには予算的な問題も絡んでいるのかもしれませんが、一群の小型ゾイドにデザイン面での統一感をもたせることに成功しています。

そして、そのデザインワークスの在り方は様々な解釈を可能にしています。例えば、生産性を高めるために共通のコクピットブロックを採用したとか、操作環境統合により小型ゾイドのパイロット養成を容易にし、戦力の調達に貢献しているといった情報を読み取ることができるのです。無論、こういった解釈はあくまでもプライベートなものです。しかし、そういった勝手な解釈を受け容れるだけのキャパシティーが、ゾイドの世界観にはあるのだと、私は感じています。だからこそ、改造ゾイドを作る人も多いのでしょう。

ゾイドが持つ情報量をユーザーが読み取り、思い思いの形にしていく。これは、もう一種のコミュニケーションではないでしょうか? そのコミュニケーションを促進するツールとして、旧シリーズの時にはなかったインターネットがより一層活用されていけばよいなと思います。

晴嵐改:2000/10/07


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